ドクターブログ

歯雑談

こんにちは、西山です。

第2水曜日担当ですがログインできず遅くなりました。

新年度がスタートして、パール歯科でもスタッフ・ドクターの交代がありました。まだ、緊張している新人を温かい目で見守ってください。初心を忘れず大きく成長するよう努力します。

さて歯雑談は「はじめてものがたり」です。私が住んでいる横浜は1859年に開港していらい西洋文化の流入拠点となりました。そこに来日した外国人によってもたらされた「はじめて」がたくさんあります。そんな発祥の地・縁の地には発祥の地碑や説明があります。

アイスクリーム・パン・ビール発祥の地、日本ガス事業発祥の地・ホテル発祥の地・石鹸工場発祥の地・・・・・西洋歯科医学発祥の地・西洋歯科医学勉学の地など沢山あります。

西洋歯科医学発祥の地・西洋歯科医学勉学の地には何が書かれているのでしょう。

西洋歯科医学発祥の地

ここは、万延元年(1860)歯科医師として最初に来日した米国人ウイリアム・クラーク・イーストレーキ博士が、来浜3度目の明治14年に 歯科診療所を開設したゆかりの地である。博士は明治元年2度目の来浜に際し歯科診療所(所在地不明)を開設し献身的な診療活動の傍ら日本人歯科医師の育成に努力を傾注し日本近代歯科医学の世界的発展の端緒を開く役割を担われた。

西洋歯科医学勉学の地

アメリカ人歯科医師セント・ジョージ・エリオット博士は、居留地57番のこの地に歯科診療所を1870年より同七年まで開設し、外国人の歯科診療に従事するかたわら、木戸孝允、新島襄、西郷従道を治療し小幡英之助、佐治職を門下生とし指導されました。同博士の帰国にあたり同診療所を引き継いだアメリカ人歯科医師ハラック・マーソン・パーキンス博士は1881年秋、帰国まで診療のかたわら西村輔三、関川重吾、太田吉三郎、渡辺晋三、山田利充、林譲治、黒田虎太郎らに西洋歯科医学の指導をされました。これら両博士の門人が多数の本邦人に西洋医科歯学を伝承し、今日の近代歯科医学の基礎をつくられた功績は真に大であります。

現代では歯科医学も大きな進歩と発展を遂げています。これからも益々皆さまのお役に立てるように研鑽を積んで行きます。

それぞれの場所に石碑があります。横浜発祥に地巡りはいかがでしょうか。

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