ドクターブログ

歯雑談

こんばんは。

第5水曜日担当の西山です。

江戸時代の浮世絵等を見ると既婚女性の歯が黒く染められているのを見ることが出来ます。

「お歯黒」と言われています。

お歯黒の起源はわかっていませんが古代からで初期には草木や果実で染める習慣があり後に鉄を使う方法が鉄器文化とともに大陸から伝わったそうです。

古墳に埋葬されていた人骨や埴輪にはお歯黒の跡が見られるそうです。

平安時代の末期には、第二次性徴に達し元服・裳着を迎えるにあたって女性のみならず男性貴族、平氏などの武士、大規模寺院における稚児も行ったそう

です。特に皇族や上級貴族は袴着を済ませた少年少女も化粧やお歯黒、引眉を行うようになり、皇室では幕末まで続きました。

室町時代には一般の大人にも浸透したましたが戦国時代に入ると結婚に備えて8~10歳前後の戦国武将の息女へ成年の印として鉄漿付けを行なたそうです。

江戸時代以降は皇族・貴族以外の男性の間ではほとんど廃絶、また、悪臭や手間、そして老けた感じになることが若い女性から敬遠されたこともあって既

婚女性、未婚でも18~20歳以上の女性、及び、遊女、芸妓の化粧として定着しました。

明治3年(1870年)2月5日、政府から皇族・貴族に対してお歯黒禁止令が出され、それに伴い民間でも徐々に廃れ(明治以降農村では一時的に普及したが)、

大正時代にはほぼ完全に消えました。

お歯黒の目的はなんでしょうか。

歴史社会学者の渡辺京ニは著書「逝きし世の面影」の中で、これを否定し、お歯黒はマサイ族に見られるような年齢階梯制の表現であると考察していま

す。つまり自由を満喫し逸脱行為すら許容されていた少女が、お歯黒と眉を抜くという儀式によって、妻の仕事、母の仕事に献身することを外の世界に見

える形で証明するためのものとしています。

使われる染料は、「鉄漿かね」と読みます。 主成分は鉄漿水(かねみず)と呼ばれる酢酸に鉄を溶かした茶褐色・悪臭のある溶液で、これに五倍子粉(ふ

しこ)と呼ばれる、タンニンを多く含む粉を混ぜて非水溶性にします。主成分は、酢酸第一鉄でそれがタンニン酸と結合して黒くなります。歯を被膜で覆

うことによる虫歯予防や、成分がエナメル質に浸透することにより浸食に強くなる、などの実用的効果もあったとされています。

今を生きる我々には「黒い歯」とても考えられません。

しかし、虫歯の予防になっていたようです。

白くて虫歯のない歯が良いですね。

どうぞしっかり磨いてください。

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